アンナ「記憶があろうとなかろうと金さえ払ってくれれば客は客。だからどうでもいいわ」 葉「いやオイラは協力するからな?!」

「記憶喪失、ねぇ…………まあ確かにコイツのこんな態度みれば納得いくけど違う意味で納得できねえ」

 そういうのは、淡い青の髪を白の模様が入った黒のバンダナで逆立てた三白眼の少年。
 皆にホロホロと呼ばれているこの少年はコロロという愛らしい氷の精霊をパートナーにした氷使いなので、冬獅郎を一方的にライバル視 していた。
 なので、ただの脅えた子供に成り下がってしまいリョーマと市丸の後ろに隠れるようにしてこちらを上目遣いに見る冬獅郎を、あの 日番谷 冬獅郎と同一人物だとは思えなかった。むしろそっくりさんなのではないだろうかと疑ってしまう。
 実際血縁関係ではないのにソックリという組み合わせをホロホロは知っているし。


 ドゴ!


 そして冬獅郎に猜疑の目を向けるホロホロに赤い鬼の鉄拳一撃。

「お客相手になんて態度とってんのよ」

 顔に五芒星のある、赤い鬼と青い鬼を使役するのはこの旅館のおかみであり、冬獅郎とリョーマの元クラスメイトで葉の許婚の 恐山(きょうやま)アンナだ。

「お客相手にお仕置きシーンみせるのも、どうかと思うわぁ。ほらウチの子ぉらすっかり脅えて」

 目の前の惨事にも泰然と胡坐をかく市丸に、冬獅郎だけでなくリョーマもガタブル震えてしがみついていた。
 場所は移って、宴会が開けるぐらいの広さの座敷。
 他に客がいないから、という訳ではなく他の泊り客達もある程度顔見知りなため問題はないだろうとそこのほぼ中央でくつろいでいた。
 とりあえず片手でそれぞれを宥めるように肩をポンポンと叩く市丸だったが、冬獅郎はともかくとしてリョーマまで脅えているのは何故だろう?と 疑問に思いつつも言葉にはしない聡明な死神隊長だった。

「お仕置きじゃなくて躾よ」

 しれっといって赤鬼を引っ込め、さっさと引っ込むアンナ女将。
 跡には血の池に伏したホロホロが。

「あれ?粗相でもしたのかいホロケウ」
「その名で呼ぶんじゃね〜!!」

 しかしいったん自室に引っ込んでいたハオが戻ってホロホロの本来の名を言うと同時に叫びながら復活。
 もちろん記憶を失っている冬獅郎にはこの速さは異常な事なので目を見開いて愕然としていた。

「冬獅郎、手を出して」

 ハオはホロホロの叫びにも冬獅郎の驚きも無視して、そう冬獅郎に促す。
 いわれるまま手を出すと、ハオはその細い手首に銀の華奢なデザインのチェーンブレスレットをはめた。それには小指の爪の大きさもない、 冬獅郎が率いる十番隊の隊花である水仙のトップが揺れていた。

「どうしたんです?それ」
「冬獅郎に頼まれてね、ボクが作ったんだよ」

 興味深げにそれを覗き込んだ骸に、ハオは朗らかに答えた。

「アクセサリーなんて作れたんですねえ」
「ボクの前世はパッチ族だからね」
「に、しちゃあパッチっぽいデザインじゃねえな?」
「ああ、デザインしたのは冬獅郎だよ。ギンが持ってきている向こうの雑誌で氷像のコーナー持っているからね、元々センスがいいんだよ」

 会話に乗ってきたホロホロだが、続けられたハオの言葉にまた機嫌を悪くして胡坐をかいてそっぽを向いた。怪我の治療しないのだろうか、と 思った冬獅郎だが進言する勇気はなかった。

「お〜い、風呂の用意できたぞ〜」

 と、そこにひょっこりと現れたのはハオの双子の片割れである葉。背後に持霊(パートナー)である阿弥陀丸を控え、こちらもふんばり温泉の名が入ったはっぴを着ていた。

「それじゃ、ご飯の前に温泉入ろか―――ああ、でも日番谷くんは熱いん苦手やから」
「長湯しても大丈夫だよ。そのブレスレットを装備していればね」

 そのひと言でそのブレスレットがどういう意図で作られたのか何となく悟った一同。
 冬獅郎の強大な霊力を簡易的に抑えるかもしくは封印するために作られ。けど今の冬獅郎が聞いている状況で霊力だの封印だのと詳しく説明 すれば不安になると見越して、とほぼ全員が同じ考えに行き着いたのだが。

「なんだ、飾り気なんてないくせにそんなもん身に着けてまで温泉入りたかったのか?コイツ」

 ハオの言葉どおりに受け取ったホロホロに、冬獅郎はなるほどそうなんだといった表情で手を少し上げてブレスレットを眺めた。

「それじゃあリョーマ、ギン。ボクは仕事があるから後はよろしく。
 あ、でも念のために冬獅郎の頭に濡れタオル置いてあげてね」
「阿弥陀丸、何かあった時のためにすぐに知らせにこれるようお前ついてやっててくんねえか?」
『御意―――ああ、駄目でござるよ冬獅郎殿。氷輪丸は、置いてゆかれよ』

 冬獅郎はギンやリョーマと共に立ち上がり、座布団の横に置いてあった布に包まれたままの氷輪丸を抱えようとして阿弥陀丸に 止められ、冬獅郎はきょとんと首を傾げた。

「でも、これはボクにとって、とっても大事な物で出来るだけ持ち歩いているようにって」

 言って、冬獅郎は氷輪丸に引き合わされた時の事を思い出す。
 鞘から抜き放たれ、照明の光を受けギラリと輝く刃に。恐怖を覚えなかったと言えば嘘になるが。
 視線を逸らし、目を瞑り。柄を握る感触だけを感じ。とても、手に馴染んでいる。そう、冬獅郎は気づいた。
 きっと、彼らの言う様にこの刀は自分にとって、大事なのかもしれないと。
 怖いけど、布に包んでいる分には大丈夫だろうと氷輪丸を鞘に収め、丁重に布に包み始め。

「そもそも彼って隊長格なうえに持っている斬魄刀が氷雪系最強だから、あまり実戦出る機会ないよね?」
「むしろ松本さんがあれだから仕事がたまってほぼデスクワークだよね?」
「……試しに筆と墨と硯と、書類を用意してみます?」

 半身ともいえる氷輪丸を手に、何も思い出せなかった冬獅郎を眺めながらハオ、リョーマ、骸がそんな会話をしていたのだが 幸い作業中の冬獅郎は気づかなかった。

『うむ。確かに刀は武士にとって―――剣士にとって魂といえるもの。
 だがしかし、刀は金属ゆえ、温泉に触れると錆びてしまうのでござる。氷輪丸は霊刀、通常の刀とは違うが万一の事を考えた方が よかろう』
「錆びるの?」
「ん〜、持ってった事はないから、わからへんけど。折れたり刃こぼれしたりするし、錆びないいう保障はないやね。
 まぁ着替えとりに泊まる部屋にいくから、その時に置いとったらええやろ」

 思わず訊ねるリョーマに、曖昧に答え苦笑するギン。
 その後、冬獅郎は阿弥陀丸の話に興味を持ったのか温泉に浸かりながら刀の手入れの仕方を教わったり、葉との出会いや絆を結ぶ出来事 などを夢中になって聞いた。

「ま、温泉見てはしゃがなくてよかったよ。しばらくは阿弥陀丸さんにまかせていいでしょ」
「んで、今後どうするん?」

 彼らより少し離れた場所で湯に浸かるリョーマとギン。骸はいったん意識を依り代であるクロームから離し、入浴スタイルの幻影で温泉に入っている。 気分だそうだ。
 もちろんクロームは女湯の方に入っている。

「どうするも、ね。そっちには悪いけど、しばらくは現状維持させてもらうよ―――記憶のない冬獅郎に、実は死神だなんていうわけにはいかないでしょ?」
「まぁ、確かに酷やなぁ」

 自分は既に死人なのだと。既にこの世の者ではないのだと。
 その事実を今の幼い子に突きつけて、それを受け入れる事は出来るのか。

「ちょっとずつ、の方がええんやろうねぇ…………にしても、随分と重度な記憶喪失なんやねぇ。
 いったい日番谷隊長さんに何があったん?頭の打ち所が悪ぅて、なんてベタな理由とちゃうんやろ?」

 死神の隊長がそんなやわなわけあらへんし、と続けたギンはリョーマと骸が何故かあさっての方向で遠い眼差しをしている事に気づいて口を噤み、

「近いうちに、図書館への飲食物持ち込み禁止、の項目がルールに書き込まれるんだろうねぇ」

 頬を伝う汗が、温泉による熱のためのものでない事に気づいたギンは、それ以上は何も聞かずにお星さんがキレイやねぇ、と あからさまに話をそらした。










「明日でテストは終わりやろ?なら、無事に終了っちゅ〜ことで宴会でもしようなぁ。お兄さんが奢ってあげるわ」

 用意された夕餉の膳の前で胡坐をかきながら、一同を見渡しギンはいつもの笑みを浮かべた。
 場所はギン達が泊まる部屋である。ギンの要望で、ギンが宿泊する時は料理を作っている板前と給仕の仕事がある仲居以外の従業員も一緒に食事をする事になっていた。

「ていうか冬獅郎が記憶喪失の時点で無事終了じゃないでしょ」
「クフフ、まぁいいじゃないですか。細かい事は」
「とーぜんオレらもだよな?!」
「太っ腹だねぇ、ギン」
「隊長として懐の広いところも見せんと。ああ、もちろん明日の泊り客の人達も、参加するなら板前さんにいうといてって伝えてな、女将さん」
「了解」

 儲かるわ、とキランと瞳を輝かせながらボソリと呟くアンナに、隣にいる葉は乾いた笑みをただ浮かべ。

「そんじゃ、みんなそろったところで―――いただきます」

 聞かなかったフリをして手を合わせ音頭をとる。

「「「いただきまーー」」」

 葉に続いて、何人かが声を揃えていただきますと、いい終えるその直前。

「たいっちょう!!」

 けたたましい音を立てて戸が開かれ。
 困惑顔の小柄な少女を小脇に抱えた乱菊がものすごい表情で仁王立ちしていた。丁度、冬獅郎の真後ろに現れて。

「連絡取れなくて何かあったのかと心配してたらこんな処でくつろいでてよりにもよってギンなんかと!」

 こんな、というところにアンナがぴくりと反応して隣の葉が焦り、空いた手で自身をビッシ!と指差されたギンが苦笑した。
 抱えられた少女の―――十三番隊員朽木 ルキアの紫水晶の瞳とかち合うと、珍しい乱菊の憤りっぷりに驚いて思考が飽和状態に なってたリョーマは思わずこんばんはと挨拶をして、ルキアもどもらせながらも挨拶を返す。

「あんなぁ、乱菊」
「あんたは戻って来るんじゃないわよギン!」

 そして乱菊は有無を言わせず硬直した冬獅郎を引っつかんでルキアと同じ様に抱えると、瞬歩であっという間に 消えていった。

「珍しいね。あの子があんな風に慌てるなんて。
 よっぽど心配したか、よほどの事が向こうで起きたのか―――それとも、両方か」

 アンナを除いた面々、特に乱菊をよく知る者達は唖然と口を開けて乱菊が開いたままの戸を眺めていた。
 その中でいち早く気を持ち直したハオがボソリと呟いた。

「まぁ、なんだかんだいってお乱も日番谷隊長さんの事、敬っとったし大切に思っとったもんなぁ」

 次に立ち直ったのは乱菊の幼馴染であるギン。
 ギンの発言に、あれでか!と内心でツッコミを入れたリョーマと骸も我に返った。

「それにしても向こうで何かあったいうんなら、どうしてボクに来るな言うたんやろね。
 しばらくこちらにいるのが吉、いう占いに、なんや関係あるんやろか」

 ハオに視線を向け、1人ごちるギンになるほど、長期の宿泊にはそういう訳があったのかとふんばり温泉メンバーは納得したが。

「ああ、ごめんね。ギン」

 微笑むハオの言葉に一同は驚き、ギンも本日二度目の開眼を見せた。

「実は少し、曲解させて伝えたんだよ。
 正確には斬魄刀と一緒に向こうにいるのは大凶、と出たんだよ」
「大凶……」

 誰かがうめき、絶句する声が聞こえる。

「ねえ、葉。
 お前は、氷輪丸を見て違和感を感じたといっていたね?それが何故なのか、言葉にする事はできるかい?」
「うぇ?!」

 いきなり水を向けられ、瞠目する葉だったが。
 義骸ではなく魂魄のまま行動していたため結果的に置いていかれてしまった、立てかけられた氷輪丸を一瞥し。

「うん。やっぱ、カラッポだ」
「カラッポ?」

 断言し、頷く。
 それにいち早く反応したのは、何故かリョーマだった。

「―――つまり、氷輪丸はその刀の中にいないという事かい?」
「んな、馬鹿な」

 ハオの導き出した結論に、ギンが思わず呻いた。
 ハオの言葉を疑っているわけではない。だが、否定せずにはいられない。
 それほど、告げられた言葉がギンにとっては衝撃的な事だった。



「あ、でも擬人化珠(ぎじんかだま)使うたら、可能やよね?」
「いやここはシリアスで引いとこうよ?!と、いうかなんでオイラに聞くんよ?!」
「それだけ驚いてるって事でしょ、無理ないけど」





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 はい、またここでいったん区切ります。
 乱菊さんが隠蔽された日番谷隊長を探し出せたのは、ルキア(と一護)がテスト勉強のために図書館を利用していて、かつ彼女らには 日番谷隊長が記憶喪失だという事に緘口令が布かれていたため。
 J学園敷地内なら義骸入ってなくたってみんな見えるから問題ないので。でも乱菊さんはまさか生真面目な自分の隊長が義骸に入ってないなんて 露にも思っていませんでしたから。義魂丸飲ませる間も惜しかったようで。
 さて次からは舞台はまた向こうに戻ります―――素直に瀞霊廷でいいかなぁ、違和感あるし。
 09・11・15、犬夜叉完結編は新しく買ったDVDデッキ任せの2時半過ぎ。