京楽「アレ、特注なんだよねぇ……山じい特別手当で新しいのくれないかなぁ」
「知らなかったのかい―――それとも、知る気がなかったのか?袖白雪」
声に少し悲しげな色を滲ませ、病的な白い肌と白く長い髪を持った死神の隊長は、確信を持った声で目の前で自分に純白の
美しい斬魄刀の切っ先を向けた、雪女めいた妖艶の美女を見据えた。
隊長、副隊長。または副隊長と実力が拮抗している者達の斬魄刀が実体化し、反乱を起こした。
山本総隊長の名を騙り集めた死神達と、村正と名乗る首謀者と彼が具象化させた斬魄刀達による乱戦の中。
朽木 ルキアの斬魄刀である―――いや、だったというべきか。氷雪系で最も美しいと詠われる袖白雪は死神達の中に深い紫水晶の瞳を持つ
少女がいない事に気づくとルキアの上司である十三隊隊長浮竹 十四朗に彼女の所在を問い詰めた。
「朽木なら今は現世だ。明後日に帰ってくる予定だよ」
「何ですって……?!」
斬魄刀の能力も奪われまともに戦えず、斬魄刀と対峙しなければならないこの危機的状況でも浮竹はマイペースにのんびりともいえる声で答え。
袖白雪はルキアがいない事に憤ったのか、それとも浮竹が癪に障ったのか声をわななかせた。
「ならば、わたくしが現世に行けばいいだけのこと」
「いや、それは駄目だ」
しかし直ぐに気を取り直し、現世への門を開こうとした袖白雪を今度ははっきりとした声で浮竹が止めようとする。
だが、その時。
「グフッ?!」
浮竹の口から、咳と共に鮮血が飛び出した。
「脆弱な。このような弱き使い手が自分の持ち主だった事、双魚理も本当に哀れなこと」
「まあ、身体が弱い事は否定しないが」
嘲笑を浮かべる袖白雪に、浮竹は口を手で押さえながら苦笑する。
しかし鮮血は、手から漏れポタポタと音を立てながら大地を濡らし、染みこむ事無く小さな水溜りを作る―――その違和感に、袖白雪は気づかなかった。
「だけど、俺自身が弱いとは思わないでくれ」
その言葉が合図だったかの様に。
突如、浮竹の血がうねり血文字と化し生き物のように走り袖白雪に襲い掛かった。
袖白雪は驚き、一瞬対応が遅れたものの距離があったため自身の刀でそれを打ち落とそうと振るい、けれど浮竹が血の付いたままの手で何かを画くように腕を動かすと血文字達は分散し刃を避け、袖白雪を囲み、
「血縛呪(ちばくじゅ)」
静かな声と共に、血文字達はそのまま彼女を拘束した。
「な?!」
肘の関節よりやや上のところで一周するかのように画かれた血文字達は白の着物に吸収され、痛みはないし腕は多少動く。
けれど力が抜けたように袖白雪の手の中から純白の刀は零れ落ち、地面に切っ先が突き刺さるとそのまま溶ける様に消えていった。
「無駄だよ、それは俺が念じなければほどけない。普通に生活する分には支障はないだろうけど、能力は一切封じられるし、逆にどんな術も受け付けない。
京楽曰く術というより呪いに近いらしいから、俺が死んだら力は強まりますますほどけなくなるかもしれない」
本人は無意識だが脅しといってもいい台詞を言い、試す気はないけれどといって肩をすくめ血の付いていない手で懐紙を取り出し、血を拭い取った。
袖白雪は屈辱に顔を歪ませ、浮竹を睨みつけた。
「これでも結構歳はとっているんでね、経験なら誰にも負けないよ―――ましてや隊長を務めているんだ」
淡々と、諭すように袖白雪に語る浮竹の背後に、フワリと降りる艶やかな影。
「斬魄刀が手元になく、さらに鬼道も封じられた状況は二、三回ほど経験してるからね」
春を題材にした単を羽織る八番隊隊長、京楽 春水は浮竹に背を預け、自分が刃を交えていた斬魄刀と対峙しながら。
いつもの飄々とした笑みを浮かべ、単に手をかけると。
「だからボクや浮竹は、こういう時のための術をいくつか持っている……今回はボク達の斬魄刀が不在でよかったよ。
あの子達なら、思い出して警戒してただろうしね」
それを空高くへ放り投げた。
「百花狂乱(ひゃっかきょうらん)」
夜の闇に翻った桃の色は、それでも艶やかに存在を示し。
京楽の言葉共に。
それは崩れ始め。そこから淡い光を帯びた色とりどりの花弁へと姿を変え、巻き上がった風に乗り四方へと舞い落ちていった。
「……これは?!」
敵味方問わず、一瞬その美技に見惚れ。
しかし、十秒と経たず斬魄刀達に異変が起きた。
力が抜け手から武器を落す者、身体を小刻みに震わせる者、膝を付く者。それぞれ反応は違っているものの、余裕を持って戦える状態ではない。
「斬魄刀相手に使うなんて初めてだけど、どうやら効いたみたいだね―――痛みや苦しみはないだろうけど、身体が少し痺れた感じがするよね?」
「く……!」
「普通に過ごす分には問題ないから安心しなよ。効果の持続時間も長いと思うよ―――ましてや、キミ達のように不完全な斬魄刀ならなおさらね」
「不完全、だと!?」
京楽が相手をしていた、修験者姿の斬魄刀が膝を突きながら憤り叫ぶ。
京楽は白羽織という、死神の隊長としては正式な姿だが見慣れた者達からすれば物足りないといわれるその姿で困ったように肩をすくめ、
「だってそうだろう?斬魄刀は死神と共にあるモノ。
斬魄刀あっての死神なら、その逆もまた然りなんだと思うよ?だから馬鹿な事はやめて戻っておいでよ、そして話し合おう。
斬魄刀の声を、ボク達死神は決して無視したりなんかしないよ」
「そうだぞ、思いどうりにならなくて気に食わないって暴れるなんて子供の癇癪じゃないんだから」
「浮竹それたぶん余計なひと言」
背中を預けている、自分よりもマイペースな親友の発言に思わずツッコミを入れる京楽。
浮竹が嫌味ではなく思ったことを素直にそのまま言ったのという事に気づいたのは京楽だけで、斬魄刀達の何人かはその表情を焦りから怒りへと色を変える。
「―――挨拶はすんだ。一度引くぞ」
一歩退いて乱戦を見下ろしていたためかろうじて術の範囲外に退避できた村正は斬魄刀達に命じ。
それぞれの反応をして見せたものの、斬魄刀全員が村正の命に従い死神達の前から姿を消した。
「……隊長」
「ん?どうしたんだい七緒ちゃん。怪我はなかった?」
一部のを除いて皆が半ば呆然とする中、最初に発言したのは京楽の副官である伊勢 七緒だった。
常に無表情に近い顔で平静に、時に激昂しながら自分の上司に対応する眼鏡の知的美人の今の表情はもちろん他の者達と同じ様に呆然と
していて、呆けた声で自分の隊長に呼びかけた。
「あんな高等術、いつのまに……?」
空一面に、といえるほど広範囲にしかも敵だけに効果を与えるなど想像するだけでも難しい。
「いつのまにって……いつだったっけ?」
「さあなぁ。俺も久しぶりに使った気がするし」
「ああ、あれいつも思うんだけど、浮竹って性格の割りにエグイの使うよね」
「そうか?というか性格についてお前にどうこういわれたくないよ」
「ひっどいなぁ」
いつものペースで言葉を交わす上司達に、たぶん本当に思い出せないほど昔なんだろうなと七緒は諦めて息を吐き出す。
「暢気な事を言っている場合か貴様等!」
ズカズカと荒々しく音を立てて歩いてきたのは二番隊隊長の砕蜂だ。
「総隊長がいない今、癪なことに指揮を取らねばならんのは貴様等なのだぞ!!」
小柄な彼女は長身な2人を見上げ忌々しげに睨みつけて叫ぶように言った。
今こちら側にいる隊長達の中で、浮竹と京楽は1,2を争うほどの隊長歴なのだ(卯ノ花隊長もいるのだがそれを言葉にする勇気のあるものはこの場にはいない)
「あ、俺は無理だ」
しかし浮竹はシュタッと音を立てながら朗らかに言って。
バッタン。
と、いきなりぶっ倒れてしまったのだった。
「わ〜?!浮竹隊長!!」
「しっかりしてください〜〜!!」
慌てて浮竹にかけよる隊員達を眺めながら、そういえば吐血してたなと隊長達は思い出し。
「まあ、血縛呪って浮竹の吐血を媒体にしているしねぇ」
倒れて介抱される親友を見守りながらの京楽の言葉に、確かにそれはエグイなと皆胸中で頷いた。
「隊長格が数日前から何人か不在だったのは、不幸中の幸いだねぇ」
時が経ち。
通常なら隊長にしか入室を許されない隊首会室に、副隊長達もいた。
とりあえず、ほぼ中心といってもいい一番隊隊舎の中にあるここが対策本部を設置するのに都合がいいだろうという京楽の発言の元、手の空いている隊長と副隊長を集めたのだ。
といっても、両名そろっている隊は二番隊と八番隊だけだ。
一番隊は敵によって行方不明にされ、四番隊は怪我人の治療のためにてんてこまい、十二番隊は誰にいわれるまでもなく
斬魄刀実体化の研究にさっさと技術開発局へと向かった。
「もう一度確認するよ。
以前からこちらに不在の隊長格は三番隊隊長、市丸 ギン。
五番隊隊長、藍染 惣右介。
九番隊隊長、東仙 要。
十一番隊長、更木 剣八ならびに副隊長の草鹿 やちる。
そして十三番隊副隊長、志波 海燕。
現世に出張中の藍染と東仙くん、それに浮竹によって遅すぎる新婚旅行に送り出された海燕くんはともかく。
市丸くんと、更木とやちるちゃんは行方しれずなんだよね」
「不幸中の幸い、といったところでしょうか……」
と、自嘲めいた呟きを放つのは三番隊副隊長の吉良 イヅルだ。
彼は容姿は整っている方なのだがいかんせん不幸を一身に背負っている、といった雰囲気が色々と台無しにしている。否、台無しにされているといった方が正しいか。
「でも、こんなに長いのは初めてです。宣言されたのも初めてだし」
長くても半日だったのに、と溜め息を吐き出しながらイヅルは1週間前の執務室でのやり取りを思い出す。
珍しく仕事を片付けた後、しばらく現世へいってくるわと上司以外では聞いた事のないイントネーションで告げられ、止める間も無く門をくぐっていった市丸を。
「つまり、少なくとも隊長格が5人も現世にいるという事か。
連絡が取れない連中はともかく、残りの3人には連絡を入れこちらに来るように―――」
「いや、絶対に来るなと言っておいた方がいい。
万が一彼らの斬魄刀も向こうにつかれたら、厄介だよ」
砕蜂の言葉を遮り、京楽は珍しくため息を吐いた。
「ルキア……あ、十三番隊の朽木 ルキアは、呼んだ方が言いと思います」
燃える赤い髪、額に刻まれた黒の入れ墨といった傾奇者(かぶきもの)めいた容姿の六番隊副隊長、阿散井 恋次が沈んだ表情でそう進言した。
彼の上司であり目標である朽木 白哉は先程の戦いの中、自身の斬魄刀である千本桜の攻撃に遭い行方不明となっていた。
「そうだね、浮竹が袖白雪を確認しているし。学業に精を出している彼女には悪いけど」
「はいは〜い、ウチの隊長の氷龍みました〜。
だから隊長も呼び戻しても平気です。緊急事態には連絡してもいいっていってたし」
といって乱菊は神々の谷間から携帯電話を取り出す。見た目は普段皆が使っている伝令神機と同じだが、こちらはどんな場所でもどんな妨害が施されようとも会話が出来る立派な神器の一種なのだ。
一対の物であり、いくつかの隊の隊長と副隊長はかならず同じモノを持っている。
十番隊の2人が持っているのは乱菊が技術開発局に頼んで隊花である水仙をワンポイント入れてもらっている。もちろん
冬獅郎のも事後報告で、だが。
副官達の中でいち早くペースを取り戻していた乱菊は、鼻歌交じりでダイヤルをプッシュ。
「乱菊さん、元気だなぁ」
「あの人、雀部さんの次に副隊長歴長いしな。経験の差ってやつだろ」
「檜佐木さん聞こえたらぶっ飛ばされますよ(汗)」
それを見ていた雛森、檜佐木、吉良の3人はこそこそと話した。
そしてちらりと恋次を見る。いつもだったら会話に加わっているだろう恋次だったが、白哉が心配なのか思案顔で黙ったままだ。
「阿散井くん、大丈夫かな……」
「なに、いつまでも落ち込んでる奴じゃない。そのうち復活するさ―――って、あれ?」
心配げにする後輩達を励ました檜佐木はふと、乱菊の声が途切れている事に気づいて振り返った。
するとそこにはとても珍しい、眉間に皺を寄せた乱菊の姿。
「ちょっと。どうして隊長と、連絡がとれないのよ〜?!」
そして彼女の怒鳴り声が、隊首会室に響き渡った。
少し時間を戻して、奇しくも斬魄刀達が反乱を開始したのと同じ時間の現世では。
「あ〜、気にしなくていいよ。
俺も何回か同じ目にあったけどちゃんと元に戻ったし」
「でもこれだとテストは無理っぽいねえ」
冬獅郎を前にリョーマが何故か同情的な声をあげて、ハオも珍しく困った声で呟いた。
「あ、あの……?」
そして冬獅郎は冬獅郎で、いつもと違う口調だった。
否、違うのは口調だけではない。
凛とした輝きを放つ翡翠の瞳は困惑した光を宿し、常に敵を見据えているかのように吊り上げられていた目元は不安げで。
強固な氷柱(つらら)を思わせるほどに逆立てた銀髪は所在なさげに垂れ落ちている。
自信に裏打ちされた空気を纏っていたのに、今は頼りなさげな儚いともとれる雰囲気だ。
「どうする?向こうに連絡する?」
と、いってハオがリョーマに示したのは松本の持っている神器と対になるモノ。
気絶して横になっていた冬獅郎にかけていた隊長の羽織の裏に縫い付けられたポケットの中から引っ張り出したものだ。
「却下。確実にオモチャにされそうなところに誰が教えるかっつ〜の」
「なんだ。やっぱり、気に入らないけど嫌いじゃないんだ」
「人事じゃないってだけだよ、勝手に解釈しないでくれる?!」
「怒鳴ると冬獅郎が脅えるよ」
「ぐ……」
通信神器を一時的に使えなくしたハオの言葉にリョーマは押し黙り、冬獅郎に向き直る。
冬獅郎はリョーマに不安げな眼差しを送るが、脅えの色はあまりなくその事に内心でリョーマは安堵の息を吐く。
「ま、記憶喪失のアンタからすれば俺らは初対面みたいなもんだから信じられないのは無理ないけど。
でも、これからどうしたらいいのかわからないんでしょ?」
「なら、ボク達と一緒においで。君の名前を教えてあげる」
微笑みながら、静かに差し出された二つの手を。
総ての記憶を失ってしまった冬獅郎は、おずおずと。けれどしっかりそれらに両の手を重ね合わせ。
リョーマとハオは、安心させるようにその手を握り返した。
ええまあ、氷輪丸が記憶喪失だって知ってから、日番谷隊長も記憶喪失になったらなんて話し考えついて、書きたくなったんですけども。
というわけで、しばらくはいつも以上にキャラのニセモノ度が高くなりますのでご注意くださいね。
兄鰤で設定上出てこれない人達は色々理由つけて不在にしてます、が。市丸隊長だけ出てきます次回から。
ちなみに、浮竹隊長と京楽隊長が使っている業は一応オリジナルです。でもたぶんつかうのこれっこっきりなんで語りません。
十番隊2人と恋次以外の鰤キャラは全員初書きです。09・10・25