骸「ボクも変人は認めますけど変態とは認めませんからね!」 市丸「ダレに言うとるん?」
冬獅郎が暗い世界の中で最初に認識したのは、二つの声だった。
「ちょっとマジで目ぇ覚まさないじゃん不戦勝なんてゴメンだからね!」
「なら今日のテストの合計点で勝敗を決めればいいじゃない」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「フェアじゃないって言わないんだね。心配なら素直に心配すればいいのに」
「そんなことすれば気持ち悪いっていうくせに!」
「否定しないんだ」
「!?」
何だろう、何かを言い争っている気がする。それを、そう“言い表す”のだと。
それは、なんとなくわかる―――けれど。その事実に気づいた冬獅郎は勢いよく目を開け、跳ね起きた。
周りを見回す、何もかもわからない。それがどんなものでどんな名前を持つのかもわからない。冬獅郎はわからない。
自分を見つめてくる二つの顔。わからない、何もかも。
不安で怖くて、無意識に呟いた言葉。それを聞いた途端、二つの顔が見せた表情。
それぞれ違っていたけれど、それに何故か冬獅郎は、少しだけ気持ちが軽くなった。
片方は共感。片方はいたわり。その言葉はすんなりと思い出した。
そして差し伸べられた手と、微笑みに。
信じても大丈夫だと、冬獅郎は本能的にその手をとった。
2人は冬獅郎の手を握ると、2人同時にひっぱり冬獅郎はその力で立ち上がった。
「で、どの程度思い出せないの?」
「どの、ていど……?」
「そ。自分の名前、歳、それに容姿とか」
手を握ったままのリョーマが質問をすると、冬獅郎は片言で首を傾げる。
続けられた言葉をなんとなく理解する事はできたが、冬獅郎はそれに無言で首を振るばかりだった。
「キミの名前は日番谷 冬獅郎。
字はこう書くんだよ。で、ボクが麻倉 ハオ。そちは越前 リョーマ。字はこう―――それと、はい」
ハオも冬獅郎の手を握ったまま、開いた片手で学生鞄に入れていたノートと筆記用具を取り出し、一番馴染んでいるだろう筆文字で冬獅郎の名を大きく書き見せる。
続けてその下に自分の名を書き、目でリョーマを示した後でリョーマの名をその下に書く。そして次に取り出した鏡を渡すと、冬獅郎は不思議そうにそれを覗き込んで首を傾げた。
(ちょっともしかして生活に必要な最低限の記憶もないぐらいなわけ?)
(どうやらそのようだね)
ハオが他人の心を読む能力(ちから)を持っている事を知っているリョーマはハオに心でそう語りかけ、
ハオはリョーマの問いに頷くことで答える。
「それは鏡といって自分の姿を映す道具だよ―――それがキミの顔。わかるかい」
優しく諭すような声で説明をするハオに、冬獅郎はコクリと頷いた。
「まあすぐには実感できないだろうね。ゆっくりとでいいよ」
「なら、これは見せないほうがいいですか?」
と、いきなり冬獅郎にとっては降ってわいた声に小さな肩がビクリと跳ね上がった。
「おや、驚かせてしまいましたか」
記憶を失っていた冬獅郎が認識していなかっただけで、本当は先程から何人か3人のやり取りを見守っていたのだ。
その中の1人、赤と青のオッドアイを持つ個性的―――ひと言で言い表すならばパイナップルのよう―――な髪型の男が布に包んだ
細く長い棒を抱え近づいてきた。
「ボクの名前は六道 骸(ろくどう むくろ)と申します。字はこう書きますよ」
言って交換するように包みをハオに渡し同時に筆ペンを受け取ってノートに書き記した。
「六道、さん?」
「ええ、おみしりおきを。まあボクはそちらの2人と違ってあなたと特別仲がよかったというわけではないのですけれど。
アナタは図書館常連客だったので少なからず面識はありましたよ」
「図書館?」
「ええ。こういった本がたくさんある建物の事です」
誰が仲いいのさ、というリョーマのとっても珍しい小声だけのツッコミをまるっと無視して、脇に抱えていた本を冬獅郎に手渡す。
冬獅郎がそれを受け取り興味深げに眺めている隙に、ハオは骸に手渡された包みを解いて中を覗きこむ。
「まあ確かに、記憶喪失の子にいきなり刃物を見せるのはどうかな、とは思うけど。
これは彼の半身だし、判断に迷うね」
「別にいいんじゃないの?俺だってテニスの試合してたらいつのまにか記憶戻ってたっていうのがほとんどだし」
リョーマの断言にさすがテニスバカもとい庭球王子、とハオや骸だけでなく記憶を失った冬獅郎以外の周囲は納得し頷いたが。
「ま、部活内のレギュラー戦以外での勝負事はいつも乾先生の特性汁がかかってたから、そりゃ記憶のない俺でも必死になるだろうよ」
続けられたリョーマの言葉に戦慄したそうな(笑)
「というか、中等部の男子テニス部の部員達ってそれ飲まされたら直ぐに記憶蘇りそうな気がしてなりませんね」
「うんボクも否定できないな、それ」
「んじゃ、いっその事スペシャルゴールデンパワーリミックス乾汁、飲ませてみる?」
「いえいえいえそれならまだボクが精神に強制的に強引に戻した方がマシですよトドメさす気ですか?!というかそんなものも存在してたんですか?!」
「う〜ん、やっぱり侮れないね」
「妙な事で感心しないでくれる?日番谷、ちょっと」
リョーマの発言に珍しく混乱した骸。半分感心したような半分あきれたような目でリョーマとその後ろにあるテニス部を見つめるハオ。
そんな2人にリョーマは呆れた眼差しで一瞥をくれてから、すぐには反応できないだろうと思って冬獅郎の肩を叩きながら名を呼ぶと、いつのまにか
本を熱心に読んでいた冬獅郎が驚いて顔をあげ真っ直ぐにリョーマを見つめる。
「越前さん、どうしたの?」
「頼むから呼び捨てで。呼び捨てでお願いプリーズ」
少し慣れたからか、それとも以前借りて読んだ本を読み直して何かしら思い出したのか。振り返りリョーマの名を呼ぶ、不安げで儚げだった幼子から見た目も中身もあどけない
子供になってしまった冬獅郎に。
涙を流しながら懇願し、できるだけ早く記憶を取り戻そうと誓うリョーマだった。
その後、骸が3人が話している間にパソコンから検索した冬獅郎の貸し出し記録から、冬獅郎が気に入っていた本をもう一冊出してざっと読ませ、
念のため絵本も読ませてみたおかげで、生活する分には問題無さそうなぐらいの知識は思い出していた。
あくまで無さそうな、ではあるが。
それにリョーマやハオは大丈夫な様だが他の者達にはまだ若干脅えた表情をしてみせるため、そしてリョーマがハオにまかせて
帰ろうとすると今にも泣き出しそうな顔をし、ハオがリョーマに任せようとすると今度は咄嗟に両手でハオの手を握り締めてしまう。
インプリンティング?と思わず顔を見合して心の中で声を揃える一同。でなければ、表情そして性格共に一癖も二癖もあるこの両名に
ここまで懐く事はないだろう、と思ったのはギャラリーだけではない。
と、いうわけなので。
「三名様、いらっしゃ〜い」
ものっそいい笑顔で、いつのまにかふんばり温泉前ではっぴを着て彼らに振り返るハオ。
彼の家は民宿を営んでいて、リョーマも何度か来ている。なら冬獅郎の記憶が戻るまでここに宿泊させ、リョーマもしばらくここで
寝泊りする事にしたのだ。
もちろん料金は冬獅郎が記憶を取り戻した後でハオが話術で冬獅郎を言い負かせ、リョーマの分も一緒に全額支払わせるつもりである。
「本当に、ボク、お金あるんですか?」
玄関前について、不安げに声を漏らす冬獅郎は布に包まれた氷輪丸を抱えなおす。
子供なのに、と心の中で続けられた言葉はハオにだけしか聞こえなかった。
「ぶっちゃけ冬獅郎って無趣味だしね。そのくせ働くから、溜まる一方みたいだよ」
「無趣味は違いませんか?図書館常連なのだし」
と、リョーマに指摘したのは骸だった。
面白そうだといって、部下である柿本 千種に委員の仕事を押し付け、もといまかせついてきたのだった。もちろん骸の宿泊費は
冬獅郎とそれほど親しくないし言い負かす要素も無いので彼の自腹である。
ちなみに骸と千種とのやりとりを見て、冬獅郎が何度か瞬きをして首を傾げたのだがその些細な動作に気づいたものは残念ながらいなかった。
「んじゃ、金の掛かる趣味がない」
「それに冬獅郎より年下で大企業の副社長なんてやっている子だっているんだから。
それにボクだって一応働いてるよ」
お陰で今月と来月のノルマ達成、とハオは満足げな表情で玄関の戸を開こうとする前に。目の前の木の格子枠にガラス張りされたそれがスライドして、
「おかえりぃ」
あまり聞きなれないイントネーションで。
冬獅郎よりも濃い銀色の髪に閉じられた目が狐を連想させられるふんばり温泉のロゴが入った浴衣姿の青年が皆を出迎えた。
「って、市丸さん?」
「おや、アナタもお泊まりに来ていたんですか市丸 ギン」
冬獅郎とは違う意味で図書館常連の、三番隊隊長の市丸 ギンの前触れのない登場に、リョーマと骸は驚かなかったが。
「はれ?日番谷、さん??」
心の準備をしていなかったため、いきなり現れたギンに驚いて冬獅郎はリョーマの背に隠れてしまい。
そこからおずおずと顔を覗かせた、冬獅郎の反応にギンは珍しく間の抜けた声で冬獅郎の名を呼ぶ。
「ボク、を、知ってるんですか?」
そしてギンが呼んだ日番谷の名に反応して恐々と自分を見つめてくる冬獅郎に、ギンは普段は閉じている目を大きく見開いてフリーズしてしまいぎこちない動きで
説明を求めるかのようにハオに向き直る。
「うん、記憶喪失」
しかしハオはそれにいつもの笑みを浮かべて簡潔に述べた。
「あー、そうやの、ふーん…………」
そしてギンはその答えに呻き声じみた溜め息を吐き出し、しゃがみこんで冬獅郎と視点を近づけさせると。
「市丸 ギンや。よろしゅう頼むわ」
安心させるような微笑みを浮かべた。知る者はごく僅かだがこういった表情もできるのだ。
「市丸、さん?よろしくお願いします」
その微笑みと、髪と瞳の色が冬獅郎と似ているため少し親近感がわいたのか冬獅郎は脅えた表情をひっこめ、強張った顔を緩ませて
笑った。
「え〜、ボク、自分の事、変わとるいう自覚あるから変人いわれても気にせんのやけど。
今の彼見て可愛いなぁと思うんやけども。物足りない思うてしまうんは、実はボク、変人やのうて変態さんだったんやろか」
「捉え方は人それぞれだと思うけど。あまり気にしない方がいいんじゃない」
と、いうやりとりがギンとハオの間にあったのだが、それはまあ余談という事にしておこう。
え〜、キリがいいのでここで切る。記憶喪失の子を書くのってムズイ。でもなんか楽しい(←オイ)
ていうか骸様当初の予定じゃ出番なんてなかったんですけどもね、なじぇ。チーム名は無いしまともに書いた事ないけど
ぷちトリオ扱いだからでしょうかね。
別に市丸さんがM、というわけではなくて彼の中では日番谷冬獅郎は眉間にしわ寄せて不機嫌に怒鳴ってナンボ、というイメージ持ってるってだけですからね念のため(笑)アニメの赤い目好きなんですけど、一応ベースは原作なのでコミックの表紙の色参考に。
というか、やっぱ書きたい時に書いた方が早いわな、の09・10・25